私の第2の人生の場所とも言われる あるあるニュータウンという地での思い出は曖昧だ
いつの間にかその地域の中でいたからな
最初の記憶では、
救急車での記憶で、5歳の頃の記憶と思っていたが母の話では3歳の頃らしいのだ
何故3歳のころの記憶があるのだろうか人は、
何歳から記憶思い出が作れるのだろうか
やはり救急車という衝撃的な場面は、脳裏に焼きつくものか
私は、体が病弱だったため嗚咽なんて日常的でとりあえず胃腸が弱いらしくいつももどしていたなぜなのか
今ではそんなこともなく普通であるし
他普通よりたくさん食べるほうだまず問題なのが、親の医療知識が乏しいかったのではないだろうか
もう少し知識が豊富だったら改善も早かったのでは、
そういうこと考えるともうちょっと遅く生まれたかったと後悔しているが現実こうして21世紀にもなり生きている以上前向きに行くことだ。
あるあるの地での記憶に当たって正式に町の名前を言うと、あるある竹の里町という地で名で竹というところで印象が強いまたニュータウンというところで人工的な町並みにも深くその当時は、体も小さいですし行動範囲も狭いこともあり幼いながらも
エンジンがついた乗り物を欲しさに理想する年頃でもありました、
話は戻るが、
私が来たころは、わたしはまだ幼稚園の年頃らしくあるある幼稚園という幼稚園で最初は、数人というころに来たためかわいがってもらったという話だ過去のアルバムで拝見したところ制服を着なくても良いのか知らないが、
最初は着ていなくても良かったという小さ過ぎるだろうか母は、保育園から入れたかったというが、はたしてその行為は正しいといえるのだろうか親から早く手を引くってことは、
自立精神が向上するかもしれないが、 どうやら金の問題もあったようだ金で人生左右されるのは、百も承知だが、知識がないのに無理に育てる必要はないのではないのか
たいがい子どものころは皆無意識で大人の指示で、
動くものだ。だが、好きと嫌いいえるだろう だが、
環境まで好きとか嫌いとかわがまま言ってられないはたしてあるあるの地で、よかったのかスパスパの地と比べれば道も町並みもごちゃごちゃしていないし分かりやすい町並みだいまとなってはどうし様もないのだが、
最近の親は、子供が育てられないというが昔みたいに情報も沢山あるものもあるのになぜなのか
甘えがあるのか単純に育児を考えているのか 普通の子供を育てたことがないが分からない私の弟は、
自閉症だ何が自閉なのか外見は、
普通の子供に変わりない何も自閉症を言わなかったら誰も気がつかないだろう、しかし変なことにこだわり困らすことやないているのか笑っているのかいつも奇声上げるいつもうるさい子供だけうるさいだけだったら、いいものを親までいっしょうにうるさく
もうそろそろ怒り方しかり方の区別をつけて欲しいですね
あるあるニュータウンで、最も記憶しているのが、
アニメの記憶のみだ普通なら人物のほうにいくのが普通だが、誰一人覚えていないといったらいいだろうかただ一人記憶の奥深くいる人物がいるが、彼の名前が大根君という人物だけどなぜかれだけなのだろうかそこまで親しかったら、
今、彼はどうしているだろうかと、考えてもいいだろう何故アニメの記憶が多いのだろうか、
あるあるテレビで18時から毎日、毎日、放送していたことが、影響したのではないだろうか
黄金バットやタイガーマスクドロロンえんまくんなんか見れるなかで運がいいと行ってもいいだろう差ほど出ない限りそのようなアニメを見る機会がないだろう古すぎてレンタルビデオで見ることは出来ない再放送しても大体深夜になってしますことで子どもか果たして見ようを思うのか
今はビデオがあるので録画予約したら良いいだろうが、昔はそういうわけにも行かず
不便をしいられたに違いない最近DVDで、再発売されるケースが増え懐かしめることが出来る
高島屋をたかましやといったり、よく言い間違えたらしい昔舌が短いということで、長くする手術を施したというが、それは、間違えた前の話だ長くしてよかったのだろうか
標準の下の長さなんて知らないから短いや長いなんてはっきり言えない