文章も会話も、センテンスは短めに。
文章のわかりやすさを研究した、こんな実験がある。ある4コマ漫画を何人かの人に見せて、それを文章化させた。その文章を別の人たちに
読ませて、わかりやすいものとわかりにくいものを選ばせたのだが、そこから、センテンスが短いほどわかりにくいものを選ばせたのだが、
そこから、センテンスが短いほどわかりやすく、冗長なほどわかりにくい、という結論が出てきた。
つまり、短いセンテンスは、主語と述語が離れていないから、頭の中に入りやすい。しかも、文章全体のテンポがよく、歯切れもいいので、
スラスラと読めるのである。
このように、わかりやすい文章は、詠む人に一種のさわやかな印象を与えると同時に、書き手の頭のよさを感じさせるのだが、話し言葉についても
、同じようなことがいえるだろう。「・・・・ですが・・・・・・・でして・・・・・・・だから」とダラダラと話がつながっていくと、
聞いている側にも、相手が何を考えているかがつかみにくく、その苛立ちが相手に対する不快感に転じることもある。
また、言っている本人が何を話しているかわからないようなしゃべる方では、それこれ、頭が悪いのではないかというマイナスイメージを与えてしまいかねない。

話す時も書く時でもそうだが、ダラダラとセンテンスをつなげる人は、とかく接続助詞の「が」を使いたがる。
この「が」で続けたくなくなるところで「です」と切るのも一法である。