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 知的生活を送るためには適当に義理を欠く
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ある人の本を読んでいたら、

知的生活を送るための三悪は『義理』と 『病気』と『雑用』だと書いてありました。

『病気』や『雑用』は、言うまでもないことでしよう。

しかし、『義理』を欠け というのは、

多忙な現代人にとって大をきなヒントになると思います。

社会生活を送っていると、いろいろな義理が生じます。

緒婚式の二次会 に来てくれないか、歓迎会に出席してくれないか、

お別れパーティーに 出てくれないか…。

彼はだれかのパーティーに一回出てしまって、

その他の パーティ、に出ないと、

「どうしてあいつのパーティーには出て、

俺のパー ティーには出ないんだ」と責められるので、

パーティーにはまったく出ない ことにしているそうです。

「義理」で呼ばれたパーティーに参加していると、

自分の本当にやりたい ことをやる時間がなくなるからだそうです。

ここで私の友達の話を紹介しましょう。

彼は、会社の知人の結婚式で 司会を頼まれて引き受けたところ、

次から次へといろいろな人から司会を 頼まれるようになったそうです。

最初の頃は楽しんでやっていましたが、

そのうち、

みんなから「結婚式の 司会ならあの人に頼めばいいよ、

いっもやっているから」と思われるよう になり、

それほど親しくない人からも司会を頼まれるようになりました。

そのため、毎月のように義理で司会をしなければならなくなりました。

しかし、司会をしてつぶれるのはその日だけではありません。

当然、練習を していくわけですから、何日もつぶれてしまうのです。

しかも知人から頼まれ ているのですから報酬はゼロです。

それで彼も、だんだん自分のことが できなくなるので、

「義理」で司会を引き受けるのをやめることにしたそうです。

するとどうでしょう。

やはり、「どうしてあの人のときはやったのに、

俺のとき はやってくれないのか」と文句を言う人が出てきたそうです。

それはそうで しょう。だれかれとなく、司会をしていたわけですから。

そのような経験を経て、彼は今ではだれの結婚式の司会もしなくなったそうです。

自分の本当にしたいことがわかっていれば、「義理」でがんじがらめになる

前に、適当に「義理を欠く」ことです。

いつも適当に義理を欠いていたら、

みんなも、

「ああ、あの人はパーティーには出ない人だから……」とあきらめ てくれるようになるのです。